死んじゃえばいい

©Dana Friedlander
お昼になると、眼鏡をかけた女の人がきて、看護師に耳打ちした。看護師はうなずいて、大きい声でいった。「かわいそうなぼうや、きっと予感がしたのね」眼鏡の人はまたなにか看護師にいい、看護師はまた大声で返事した。「ねえ、ベラ、あたしは教養があるし、その辺の市場をうろついてる女たちとは違うのよ、だけど、科学で説明のつかないようなことだってあるのよね」
そのあと、ぼくの兄さんのエリが来た。ドアのところでエリは身をこごめるようにして立ち、微笑もうとしていた。兄さんは看護師といくつかことばを交わしてから、ぼくの手を握って駐車場に向かった。部屋から荷物を取ってこい、とさえいわなかった。
「母さんと父さんが迎えに来るっていったのに」ぼくは泣きべそをかきながら兄さんに訴えた。
「わかってるよ」ぼくのほうをまったく見ないでエリがいった、「わかってる」
「だけど来なかった!」ぼくは泣きじゃくった。「ひと晩じゅう、雨のなかで待ってたんだ。大嘘つきだ。死んじゃえばいいんだ」
と、兄さんがふいに向きなおって、ぼくをピシャッと叩いた。「黙れ」って、子どもを叩くようなピシャッじゃなかった。力まかせのビンタだった。足が地面をはなれるような感じがし、宙に少し浮いて、それから、ぼくは倒れた。すごく、びっくりした。エリは、体育会系じゃないし、殴ったりするのが好きな連中とも違う。ぼくはアスファルトから立ちあがった。身体じゅうが痛くて、しょっぱい血の味がした。あごがズキズキしたが、泣かなかった。なのに、エリはいきなり、「チクショウ、どうしたらいいんだ、チクショウ」といって、ぼくのそばに座りこんで泣きだした。しばらくして、少し落ち着いてから、ぼくたちはエリの車でテルアビブに帰った。ずっとエリは黙りこくっていた。エリのアパートに着いた。エリは兵役を終えたばかりで、友だちとアパートをシェアしている。
「君の母さんは」エリがいった。「つまり、ぼくたちの母さんは」ふっと、ふたりとも黙りこんだ。「母さんと父さんは、なあ」と、エリはもう一度いおうとして、やめた。しまいに、ふたりともぐったりした。ぼくは朝からなにも食べてなかったから腹ぺこで、それで、ふたりでキッチンに行った。兄さんがスクランブルエッグをつくってくれた。*
She-Yamtu(Hope They Die),from Ga’aguay Le-Kissinger(Missing Kissinger) by Etgar Keret, Zmora-Bitan,1994
邦訳版は『クネレルのサマーキャンプ』母袋夏生訳(ヘブライ語から)河出書房新社、2018
PAGE







